なんだか香ばしいことになってますが
はてなキーワードが嫌いになった理由 --- 将来が不安
http://d.hatena.ne.jp/ryocotan/20080912/p2
id:ryocotanの株式会社はてなに対するネガティブキャンペーンが酷すぎて、はてなを擁護せずには居られない。--- 真性引き篭もり
http://sinseihikikomori.sblo.jp/article/19872164.html
便乗エントリー。頭の中で1日ほど煮込んだものメモ。
まず、話題の中心になっているGoogleアドセンスですが、問題の一つは、Googleアドセンスで出てくる企業の広告がつまらないこと。でも愚痴いってるだけじゃらちがあかないので、じゃぁ俺でも何か広告出すことができちゃったりするのかしらん?と思ってちょいとGoogleのぞいてみたんだわ。
Google の広告ソリューション
http://www.google.co.jp/intl/ja/ads/
あなたのビジネスで AdWords を最大限にご活用いただくために
http://services.google.com/ads_inquiry/ja
うむむ。会社名が必須になっておるな。年間売上高の最低の選択肢が5億円以下とかw。まぁ、確かに会社なら、十数人の規模の企業で年間売上高5億円を超えるところは珍しくないだろうから、法人を対象としてるなら妥当だよね。いかにも個人は相手にされてない雰囲気です。
「Googleに個人で広告出してみた」なんちゃっていう事をやってみたいなーと思ったんだけど、この入力フォーム見てGoogleの営業担当者に鼻で笑われる姿が想像できてしまってちょっと萎え萎え。でもどうしようかなぁ。問い合わせてみようかなぁ・・・というのが発端。
そもそもなんで広告は企業のものなのか。個人が広告を出さないのか?
個人が広告を出すという市場が切り開かれることはこの先あり得ないのか?
そりゃもちろん、個人で何千万なんていう広告費を出すなんてあり得なくて、せいぜい数万円か、個人事業主でも数十万円以上を広告に使うことは厳しいだろうけど、そこは人数でカバーできるんだからさ。
で。
まずは、今まで個人が広告を出す、ということがビジネスにならなかった理由を考えてみた。
(1) 個人が広告を出すことは、経済的なマクロな視点で見たときに、ナンセンスなのではないか。広告は大量生産を前提とした社会的システムなのではないか
(2) ネット以前の問題として、新聞やチラシ、雑誌、看板などに個人が広告を出すなんていう文化がそもそも無かった。広告代理店が個人相手の営業をしていない
(3) お金払ったりしなくても、有り難いことにはてなのような所で個人ブログに書きたいことが書けて、注目されれば結構な人数の人にタダで見てもらえる環境が、既に整っている。有料個人広告の必要性が感じられない?
(4) ネット上では、お金で買う広告枠よりも、クチコミやアルファブロガーの影響の方がはるかに強いのではないか。有料広告枠に本当にお金で買うほどの価値があるのか。この先もその価値があり続けるのか。
これの反論を無理矢理考えてみる。
まず(1)(2)。この話を覆すのは簡単。インターネット以前には、確かに個人が1人で何かを大量生産するなんていうことはほぼ不可能だった。しかし、インターネットは違う。例えばシェアウェアのようなソフトを1人で作れば、大した設備投資をしなくても、それを何百万人もの人に配布して使ってもらうことが可能。それが社会的に有用な内容であるならば、インターネット上では、個人発でも大勢の人にとって役立つ広告になりうる。ここには、これがビジネスとしてうまく回る可能性が有る。間違いない。
(3)。これは確かにそうなんだが、しかしこのシステムには欠点もある。よく言われるところの、「気合い入れて書いたエントリーに限って誰にも注目されない」というアレだ。せいぜいセルクマするぐらいしかアピールする手段が無い。また、運良くそれが注目されたとしても、このチャンスがあらゆる人に平等に与えられるが故に、その期間はとても短い。そのため、何ヶ月もかけて練り込んだ重厚なネタをブログに投下するという動機づけが起こりにくくなってしまっている。これは既に深刻な構造的問題だ。ぱっと書いてぱっと読み捨てられるライトなエントリーばかりが量産され、「ブログは馬鹿の集まりか?」なんて言われてしまう始末にも反論できない。
これがもし、重厚なネタで固めた自信作を個人で有料広告できるという環境が整ったらどうなるか? 本人の意志とお金でもって渾身の作品を世の中に露出させる機会を増やせるとしたら?
この場合、広告費をどうやって個人が回収するんだ、という所がミソになりそう。もちろん全部がうまく回ることはありえないが、かといって全部が無駄に終わるということも無いはずだ。つまり、最初は試行錯誤するかもしれないにせよ、勝利の方程式が見つかりそうな気配が・・・有るかな?無いかな?どうかな?
例として、広告ではないのだけど、私が昔あげたエントリー「billio使ってみた」「billo解約してみた」の例について少々。この時は、私が規約等をよく読まずに早とちりしたばっかりに、少々のお小遣いをロスした上でこの記事を書くはめになっただけど、そうしたところ、驚いたことに、複数のかたから「はてなポイント」をプレゼントして頂いた。これはびっくり。内容がはてなポイントとも関連あったから、という事もあるだろうけれど、たぶんそれだけじゃなくて、はっきりとお金がかかっているエントリーに対しては、はてなポイントをプレゼントしやすい、という心理的な面もあるような気がする訳です。
「これだけの投資をしたんです!」っていうことは、きちんとアピールしたほうが、リターンを得やすい。投資をしても、アピールする機会が無いことには、リターンは得られない。すなわち、リターンがほしいなら、結果はともかくアピールする行動を起こすことは最低限必要な事なのであって、そこに個人発の広告も活用できる可能性があるんじゃないか、ということです。
(4)。これは強敵。口コミやアルファブロガーのエントリーは、それがお金で買うことができないものであるが故に、信頼され、人気を保っているという面がある。企業であれ個人であれ、ここに有料広告が食い込む隙というのは限定されたものにしかならないような気はする。
ただ、これも前の説明の繰り返しになるのだけど、口コミにせよアルファブロガーの記事にせよ、それらの注目は一過性のものになりがち、という欠点がある。良さを理解してもらうまでにどうしても時間がかかるようなものは、このサイクルにうまく乗ることがとても難しいのだ。有料広告ならば、お金が尽きなければある程度の期間継続した露出が可能になる。「これはお金をかけてでも、たくさんの人に知ってもらう価値のあるものだ」と信じる人のために、それを有料広告できる選択肢というのは、個人にも、有ってしかるべきと思うのだよね。
という訳で今日の結論。
「Googleは、個人発の広告にも門戸を開くべき!」