chintaro3の日記 

基本、チラ裏です。書いておくと頭の中が整理できますゆえ。

子育てと老人介護

 
歴史的に見れば、老人の介護は子供が面倒をみる、というのが当たり前だった時代がずっと続いてきたわけだ。子供が無い人はだいたい惨めな死に方をするし、老人の介護をするほどの経済力が子供に無ければ姥捨て山なんていう話も。
それは酷いということで、年金制度が出来て、少なくともお金の問題に関しては最低限の仕組みが社会全体に導入されたわけだが、長い歴史の中で見れば、それはほんの最近の出来ごとにすぎず、まだまだ社会実験の域を出ていないのではないだろうか。年金制度が最終的に社会にどのような弊害をもたらすか、ということが、広く認知されているとは言い難い。
 
子供を産んで育てるのは大変だが、その見返りに老後の介護をあてにできるというリターンは、・・・色々考えるが・・・それなりにバランスが取れると考える事は、少なくとも私はできる。なんてったって、その方法を数十年前まで続けてきた結果、今がある事に違いは無い訳で。 
 
子供を作るという負担をせず、老後の受益をあてにするというのは、フリーライドだといわれても仕方のない性質のものだ。子供を作らずに、老後の年金や介護サービスをあてにするというのは、それがごく一部の人の話なら目立たない問題だが、そういう人があまりにも増えすぎたら、破綻する。 かくいう私も、老人介護フリーライダー予備軍だ。
 
経済的な理由で子供を作らない、という事がこれほど広く認められているのなら、経済的な理由で安楽死する、という選択肢も、それと同レベルで広く認められないとバランスが悪い。現状は安楽死が認められていないために、それが積もり積もって介護問題に発展する。自殺すればいいって? 賃貸だと、大家に迷惑かけるだろ。経済的な合理性を追求するなら、自殺で周囲の人に迷惑をかけるより、システマチックに安楽死すべきなんだよ。
 
「経済的な理由による安楽死を批判する」という立場を貫くなら、「経済的な理由で子供を作らない」という事も、同レベルで批判されて然るべきなのではなかろうか。もちろん批判するだけではなく、子供手当を十分に拡充する事が前提。老人に手厚い年金制度があるのに、生まれてくる子供が成人するまでの期間にそれに相当する制度が無い、というのはアンバランスだ。