chintaro3の日記 

基本、チラ裏です。書いておくと頭の中が整理できますゆえ。

義務なんです

ネタ元:
浮世絵化するJ-POPとボーカロイド 〜でんぱ組.inc、じん(自然の敵P)、sasakure.UK、トーマから見る「音楽の手数」論 --- 日々の音色とことば
http://shiba710.blog34.fc2.com/blog-entry-548.html
 
色々な曲を聴いた上で、うまくまとめてあるなぁと思う。ただし、私はこの状況をあんまり肯定したくない。
「あえてハッピー、あえて派手、あえてカラフル」 という表向きの印象とは裏腹にある、「あえて」という言葉が持つ意味・文脈を、どう受け止めるかという事が問題。
 
 
リストには上がってないけど、連想したのは去年のこのボカロ曲。

良くできていると思う。風刺としても。狂気を隠ぺいして取り繕ったような曲より100倍まし。
  
 
とにかく「音をめいっぱい詰め込む」という傾向は、人気Pだけじゃなく、初心者Pにも見られる傾向なんだよね。経歴の長い底辺Pの中には、全然方向性の違う、静かで穏やかな曲をやっている人もたくさんいるのだけれど、そういう楽曲がランキング上位に上がってこないというのは、聞き手の需要の結果なんだろう。
 
なんで聞き手が、そういうガチャガチャした、過剰に楽しさを演出した曲を好むのかと言えば、実生活が必ずしも楽しい物ではない、という事の反動なのかな、というふうに見えてしまうんだよね。違うのかな。音楽は音楽として楽しめばいいじゃん、というのも解るのだが、社会全体として、この状況を素直に「すばらしい」と言うことは、俺には出来ないな。
 


交響曲第5番_(ショスタコーヴィチ) --- wikipedia

特に終楽章については、かつては、ソ連体制下での「公式」な見解による「勝利の行進」なのか、ソロモン・ヴォルコフの『ショスタコーヴィチの証言』による「強制された歓喜」なのかという、いずれにしてもあまり信頼を置けないものを根拠とした単純な二項対立的論争もあったが、


「幸福なのは義務なんです」・・・「強制された歓喜」・・・一連の過剰に賑やかな楽曲・・・が繋がって見えてしまって、そこに当たり前のように存在する狂気が怖いです。