chintaro3の日記 

基本、チラ裏です。書いておくと頭の中が整理できますゆえ。

高齢者のうつ病問題

ネタ元:
gendai.ismedia.jp
 
こういう事例は、これからもっと増えるんだろうと思う。
どうにもならなくなれば、施設に入る形になるが、施設に入るかどうか微妙な状態の高齢者世帯というのも、また多い。
 
自分が子供の頃は、片づけろとか栄養バランスを考えて食べろとか言っていた母親が、たまに帰省すると最小限の掃除しかできなくなっていたり、食事も栄養の偏った簡単な食事ばかりになってしまっていたりして衝撃を受ける体験は自分も経験したので、身につまされる。
 
自分が50になってみて解ったことは、案外、人の中身というのは、年を取ってもあまり変わらないものだということだ。なのに、体はどんどん年老いて、あちこち痛くなり、目は見えにくくなり、耳は遠くなる。できることがどんどん減ってしまう。
 
そこで何が問題かというと、「将来に夢も希望も無くなってしまう」ということなのだ。
 
そのせいで無気力になり、うつ病のような状態になり、簡単な身のまわりのこともできなくなり、セルフネグレクトのような状態になってしまう。家がゴミ屋敷化してしまう。
 
この問題は、単にヘルパーさんが介入するだけでは解決しない。
80歳の高齢者に、どんな夢や希望を持てというのか、それが問題だ。
 
自分の場合は、クラシック音楽をやっていることがきっと役に立つだろうと思う。
 

眠い

漢方薬を飲むのをやめたら、息がしんどいのは治った。やっぱり漢方薬の副作用だった気がする。
休日、コーヒー飲まないと、1日中眠い。
昼寝すると、気がつけばもう夕方だ。
たまにゲームやって、YoutubeはてブTwitterをチェックして1日が終わる。
 
食事はもっぱらコンビニ食材。
スーパーへ行くのがしんどいのだ。主にメンタル的な理由で。
 
便利にはなったけど、昔の食事が懐かしい気もする。
 

知っている場所

夢の中で、「あ、ここ、前にも来たことある」
という場所が出てくることがある。

夢ってのは自分の頭の中の出来事だから、そもそも知らない場所は夢にもでてきようが無い訳で、つまり夢の中で出てくる場所と言うのは、知っている場所か、知っている場所をつぎはぎしたような場所で当然なのだ。けれども、それが現実の場所ではなく、「あ、この場所、前にも夢で見たことある」という場所だった時は、夢の中であるにもかかわらず自分が見ているのが夢であると自覚した状態になり、妙な気分になる。
 
ゆうべの夢で見たのは、超豪華な喫茶店と、それとは対照的な小さな個人経営のお好み焼屋さんみたいなお店。どちらもとても居心地が良くて、もてなされてる感があった。場所は東京ぽい場所だった。
 
自分はどちらかと言うと、そういうもてなされ方をすると、「何か裏があるんじゃないか」とか余計な事を考えて楽しめない方なんだが、昨夜の夢は珍しく、素直に楽しめた気がする。
 
そういえば、コロナ下で、そういう、人をもてなす集まりみたいなのを、ずいぶんしてないなぁと思った。

曇り。

今日はだいぶ涼しい。夏もそろそろ終わりか。
 
ToDo.
済・いつもの洗濯
 ・ふとんのシーツを買ってきて交換
済 ・シーツの寸法を測る
済 ・通販で発注 ホームセンターに行ったけど無地しかなかったので
済  ・受け取り
済・銀行に行って通帳に記帳
 ・動画のネタ仕込み

車中泊動画

最近、Youtube車中泊動画をよく見ている。
いわゆるキャンピングカーを使った本格的な物から、軽自動車の後部座席をフラットにして寝られるようにしただけのものまで、ほんとうにピンキリ。
成功例とか失敗例とか、最初に思いつくアイデアはだいたいみな似たようなものなんだが、問題が起きた時の対処方法が人それぞれでおもしろい。 
 
自分だったらどうするだろう。普段、軽自動車に乗っているので、あまり大きな車には乗りたくない。2トントラックは運転した事があるが、停車させたいときに停車出来るスペースが簡単には見つからない、という状況がとにかく困るのだ。大型車用の駐車場があるコンビニは幹線道路沿いにしかない。
車中泊は「どこででも止めて寝られる」ってのがミソのはずなのに、車が大きくなればなるほど、そもそも車をとめられる場所がどんどんなくなっていってしまうのだ。
 
実際問題として、切実に車中泊が必要になる状況が生じるとしたら、大震災のような災害の発生時だろう。それを教訓に車中泊に取り組んでいる人も多い。そうだとすると、いざ、災害時に、どうやってガソリンを確保するのか、とか、そういうレベルからちゃんと考えておかないといけなくて、レジャーとしての車中泊とはまたかなり趣のことなったものになる。こっちの方向性の人の方が、長い間取り組んでいる人が多く、内容が濃くて勉強になる。
 
災害発生時のガソリン供給問題の対処方法の正解は、「災害の程度の軽い、ガソリンのある場所まで行く」が正解だろうと思う。どこまで行けばガソリンが手に入るのか、という情報がここでミソになる。
 

人に仕事を教えるという事

仕事の教え方について、これは学校のような先生と生徒の関係を模倣するのではなく、どちらかというと自動車の教習所スタイルで行くことが重要なんだな、と今さらながら思った。
 
教官が運転席に座り、生徒が補助席に座り、教官がいくら運転手順についてこと細かに教えても、それだけで生徒が運転できるようになることはない。
 
なにはともあれ、まずは生徒が運転席に座らないことには何も始まらないのだ。
 
そして、最初はゆっくり車を動かす所から、次に教習所の簡単なコースを走らせ、段階的にすこしづつ難しい運転ができるようにしていく。最終的には市街地や高速道路での教習も行う。
 
これが、会社の仕事の教え方となると、「教官が運転席に座って運転の仕方の見本を見せるばかりで、生徒がいつまでたっても運転席に座れない」というケースが多すぎやしないか、と思ったのだ。それでは何年経っても運転技術は見につかない。なのに、「もうさんざん運転を見せてきたよな。明日からお前が運転席に座れ」とか言われて、いきなり市街地を走ったり高速道路を走ったりすれば事故るに決まっている。実際の仕事が高速道路で済めばましなほうで、実際は鈴鹿のレーシングサーキットのような難易度の仕事だったりする場合もある。それで事故って怒られるっていう状況は、理不尽にもほどがある。
 
問題は、「あらゆる仕事に関して教習所コースを準備する」ということは経済的に無理、ということだ。教習所コースのない仕事をどうやって教えていくのか。
 
まずは、教える側が、「本当は教習所コースが必要なんだけど、いきなり市街地の実習で申し訳ない」という自覚を持つところから始めないといけないんだろうな。